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嬉しかった誕生日のプレゼント 虹

2004年の大晦日に雪のカブリオレで知ることとなったブログ「yosio's New Beetle Cabriolet」のyosioさんは2005年の私の誕生日にお願いして以来、毎年ずっと写真をプレゼントして下さっています。
このところブログの記事もなかなかアップできない私で、かってはコメントを交換して交流のあったブログも読み逃げばかりで申し訳なく思っています。

今年、2011年に頂いた写真は「虹」です。 yosioさんのお住まいがあるという八王子で早朝の一瞬を捉えた貴重な映像です。富士山など肉眼では遠くに霞んで見えても写真にはなかなか写らないので、この虹を写されたということはそうとうな腕前だということになります。
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2011年4月23、私の誕生日に合わせてコメントを下さったのですが認証制に設定してあるので、申し訳なくも1日遅れで見つけました。
本日午後から当ブログ、「Hot'n Cool」のロゴ画像が変更になります。
2010年の白うさぎから虹へ。

yosioさん、有難うございます!

追記
ところで偶然にもyosioさんの写真が虹でしたが、大震災後、仙台などで5月はじめ頃に奇妙な虹が多数出現している模様です。一般に虹は弧を描いていますが、この度の不思議な現象では逆アーチ型もしくは直線なのだそうです。いったいぜんたい虹に何が起こったのでしょう。
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by koukinobaaba | 2011-04-24 14:38

ビリー・ブラウン Billy Brown

昔、私が知らなかったロカビリー歌手にビリー・ブラウンがいます。
ビリー・ブラウンという名前は非常によくあるらしく、在籍したコロンビア・レコードにも別のビリー・ブラウンがいたとか。
そんなことですからロカビリアンのビリー・ブラウンに関する情報は非常に少なく写真もシングルレコードの小さい画像しか見つけられません。

Billy Brown (1929 - 2009)
ウェスト・バージニア生まれのビリー・ブラウンは朝鮮戦争から戻った後にアトランタで歌手となって50年代後期にはロカビリーのパイオニアの一人ともいわれたそうですが私は知りませんでした。
当時流行のエコーを効かせたロカビリー歌手のビリー・ブラウンはアトランタでシングルを1枚吹き込んだ後の1957年にコロンビア・レコードと契約して1958年に録音した”Flip Out”がヒットしたらしいです。
コロンビアとの契約更新には至らず、1959年にはGene AutryのRepublicレーベルに移籍してシングルを出したとか。
ビリー・ブラウンはさほど売れたというわけではなかったので、ヨーロッパでレコードがリリースされたこともなかっそうですが、この20年後のロカビリー・リバイバルでは話題になったらしいです。
1959年に低音のカントリー歌手のJim Reeves(ジム・リーヴス)が歌って大ヒットしたJoe and Audrey Allison(アリソン夫妻)作の”He'll Have to Go”という曲はオリジナルがビリー・ブラウンでしたがバラードだからか不発に終わったのだそうです。
サンプル3 ビリー・ブラウン盤He'll Have to Go(オリジナル・ヴァージョン) - Snogs for 4 Seasons

That'll Flat Git It, Vol. 23 : Rockabilly From the Vaults Of Columbia Records
ビリー・ブラウンの”Did We Have A Party”が収録されているロカビリーのコンピレーション・アルバムが試聴できます。

Great Rockabilly - Just About as Good as It Gets
ロカビリーのコンピレーション・アルバムでビリー・ブラウンの”Flip Out”と”Meet Me In The Alley Sally”が試聴できます。
Great Rockabilly - Just About as Good as It Gets - Amazon.com

Rock 'n' Roll: Red Hot - Just about as Good as it Gets!
この他にもビリー・ブラウンのレパートリーでは一番人気らしい1958年の””Flip Out”は上記のアルバム(ASIN: B00444OGE4)や「Real Raw Rockabilly (Amazon Edition)」(ASIN: B004IRE9EO)にも収録されています。

100 Rare '50s Rockabilly Tracks
ビリー・ブラウンの”Did We Have A Party”はコンピレーション・アルバムの「100 Rare '50s Rockabilly Tracks」に収録されている他、”Lost Weekend”はアルバム「Sassy Sugar: The Pure Essence Of Nashville Rock & Roll」(ASIN: B004NBM7P8)に、1958年の”Next”はアルバム「Rockin' Vintage Teen Fever」(ASIN: B004LHU1E8)などに収録されていますが、コンピレーションばかりでビリー・ブラウン名義のCDは見つかりません。
ビリー・ブラウン名義のレコードとしてEPシングル盤(ドーナッツ)では中古で、Next、Did we have a party、Ballad of hollis brownなどが見つかります。
LPレコードの「CBS Rockabilly, Vol. 3」にも収録されていいるそうですが、コロンビア時代の1957年に録音したB面が” It’s Love”のシングル盤「Did We Have A Party」は中古レコードで¥3500で販売されているのを見ました。

80年代後期から脳卒中や肺気腫などの病と闘ったビリー・ブラウンは2009年1月に79歳で亡くなりました。
☆ビリー・ブラウンの小さな画像が見られるサイトはDied On This Date (January 10, 2009) Billy Brown / Rockabilly Pioneer
☆ビリー・ブラウンがフロリダの牧師として知られていたことが書かれたサイトはBilly Brown - RIP - Rockabillyville

Billy Brown - Meet Me In The Alley, Sally - YouTube
Billy Brown - Did We Have A Party - YouTube
Billy Brown - Flip Out - YouTube
Billy Brown - Next (1958) - YouTube
Billy Brown - Once In A Lifetime (1958) - YouTube


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by koukinobaaba | 2011-04-22 22:13 | 音楽

東北関東大地震 2011-03-11 その後

東日本大震災と呼び名が統一された大地震から20日経過して少々落ち着いてはきました。

4月8日に東京電力が「6月3日までは計画停電の実施はなし」と発表してからようやくこの1ヶ月間の地震呪縛から開放された感があります。

2011年4月7日午後11時過ぎ、3月11日ほどではありませんでしたがかなり揺れが強い地震がありました。今回の地震は停電を伴ったという東北地域では震度6で東京方面では震度3だということですが20秒も揺れる震度3なんて滅多にありません。
まだ寒いこんな夜中に津波が来るからと高い所に逃げるなんてしんどいことですが前例が前例だけに励行された。
翌日知ったことには東北関東大地震関連の余震では最大だったそうです。ともかく津波は来なかったから良かった。

4月11日午後5時16分
家族と食事しながらあれから1ヶ月だね。。。と話した夕方のこと、東京方面は震度4の地震が発生しました。揺れた時間が3月の地震の半分くらいと感じましたが、テレビの緊急速報が出る余震が断続的に50分後まで続き、暫くあいて夜8時42分にも茨城を震源とする震度5から4の余震がありました。(東京方面は震度3)
原子炉のある福島や茨城が震度6で大変なようですが、3月の大地震の余震範囲である浜通りという所は余震のたびに震源地として名前が出てきます。その後夜10時5分過ぎにまたしても揺れ、翌朝4月12日にも午前8時8分に震度4、午後2時7分に東京地方は震度3(福島県浜通りやいわき市では震度6弱)。
これら全部が1ヶ月前の大地震の余震だなんて前代未聞の規模です。
しかもなんだかこのところ、年々地震の頻度が増え続けてきました。
地震との根競べ、なんせ相手は大自然、予想不能。
裸になって風呂に入っていらたとか、エレベータに乗っていたらとか心配していたら生活できません。

私は軽症ですが、この大地震後1ヶ月も毎日揺れるので、本当は地震ではないのにいつも揺れている感じがする”地震酔い”にかかった人が増えたそうです。

ところで1ヶ月経って大地震後に姿を消していた納豆をスーパーで見つけました。お一人様2個までと書かれていましたがとりあえず1パックを買って娘に届けたところ、娘も「お一人様1パック限定だったけど今日買った!」と見せてくれました。今回は3割高というお値段だったけど、これでもう納豆は買えるようになったと感無量。
納豆と同様に停電になると製造できないヨーグルト系もじきに販売されるようになるでしょう。
ところが水不足の騒ぎの最中にはあったジンジャーエールが消えました。
サイダーよりジンジャーエールが好きな私は困惑しています。

大地震により発生したつなみをはじめ地殻変動や地盤沈下などは全部天災、原発事故は人災か。(人工説あり。。。)
残る心配は大量の汚染水の処理や放射性物質の拡散、福島原発事故から1ヶ月経過して、強風の日は増えて15日に都内のある地点で地表が6μSv(マイクロシーベルト/時)だなんて情報(不確実)もネット上で見ました。(マイクロはミリの千分の1) 放射線量の安全限界規定値だという”6μシーベルト”といってもよく分からんが、人体に影響が無いとはいえ、小さい子供たちは大丈夫かな。 大丈夫なわけはない。毎時1マイクロシーベルトだって脱出するでしょう。ネット上の情報もよく吟味せねば。。。
(後で分かったが毎時0・04マイクロシーベルトでも15歳以下だと甲状腺被ばくを受けるとか。)
ちなみに放射性物質の限界値は一年間に1ミリシーベルだとか。どんなもんじゃろか。
原子炉故障当時は念のためと半径3キロ以内の地域の人々が避難勧告を受けましたがその後、20キロまで拡大。図で見ると人の住まない海を含めて当然円形です。しかし風に乗って流れるシュミレーション画像では山の等高線のような形を呈しています。大丈夫でしょうかね。

☆刻一刻と変化する現在の放射量の測定結果を、上水(蛇口水)の核種分析結果や降下物(塵、雨水等)の核種分析結果と共に逐一報告しているのは住んでいる地域の役所のホームページだそうです。(例として、東京都、もしくは○○県における大気環境中の放射線量率の測定結果(平成23年4月分)) 放射線量は日を追うごとに減少しているようではあります。
☆関東各地の環境放射能水準のサイトで目で見るシーベルト やはり福島が。。。
http://microsievert.net/

「すぐに人体に影響ない。」とはどういう意味だか分からない。すぐではなければいつなんだ?
案ずるは将来のある子供たちのみ。
事故当時は日本では公表されなかったが、海外のニュースサイトで完全防護服の係員が無防備な幼い子供たちにガイガー・カウンターを当てている被災地の写真を見ました。(大人が検査を受けている映像はテレビで流れた。) ふと第二次世界大戦後に進駐軍からDDTを噴霧された子供たちの図が目に浮かびました。
風が吹いても雨が降っても放射性物質の行方が心配、なのに1ヶ月経ったら被爆線量のシーベルトがテレビで話題になってないみたい。 変化がないっとことかな。と思ったら原発付近の避難範囲が拡大された。
SF小説のような世界にならないといいけど。

一部の母乳を採取して検査したら微量ながら放射性ヨウ素が検出されたというニュース(デマじゃないでしょう)は乳児を持つ母親を恐怖に落とし入れそうです。但し当初は日時が不明でサンプルが極端に少ない。
※ちなみにシーベルト(Sv)とは放射線による人体への影響度合いを表す単位であり、ベクレル(Bq)とは放射性物質が放射線を出す能力を表す単位だそうです。放射性物質、つまりは放射能か。
母乳から放射性物質が検出されたらシーベルトでは表しませんが、ベクレルからシーベルトへの単位換算はできるそうです。同じ単位にせよという声もあるが、リットルとグラムの違いがあるか。
もう脳みそがカラカラしているのでやってみようとは思いません。

年に何度も遊びに行く子供たちには嬉しいニュース!
1ヶ月経って東京ディズニーランドが開園したことでしょうか。(エレクトリック・パレードは4月24日から)
大地震当日は駐車場が液状化したりアトラクションが欠損したり、2万人の入場者が帰宅できなくなったりと大変だったそうですが、取り合えず節電しながら夕方6時まで開園するそうです。

ですが三番瀬で潮干狩りはできません。干潟が海の中。ヘドロでアサリの稚貝が被害を受けたかも。


私だけ?
2011年4月19日、夜11時ちょっと過ぎにまた地震、この辺は震度は3だというが、これまでと違ったのは揺れの始めに軽くドスンと立て揺れが来たこと。悪い前兆でなければよいが。深夜2時にも揺れたばかりなのに。
私だけ?ではなくネット上でも最近の地震は短いが立て揺れに感じると書かれていました。

この3日後の4月21日夜10時37分に大地震後2番目か3番目かと思ったほど長い揺れの強い地震(震度4~3)がありました。銚子(旭市)あたりは震度5だったそうです。なんだか震源地が仙台から福島、そして銚子と東京に近づいて来たみたい。
残るは私の母が経験した関東大震災の再来か。

大地震当時の記事は東北関東大地震 2011-03-11


追記
放射性物質の懸念や行楽の自粛ムードも薄れ景気が回復してきたかにみえたゴールデン・ウィークが終わった5月8日の夜8時のこと。 夜です。
福島原発の1号機では 冷却機能回復ため作業員が中に入るへ準備として原子炉建屋とタービン建屋をつなぐ二重扉が開放されたのですが、これに伴う周辺地域の放射線量に変化はみられないとのこと。 不思議な現象です。
1号機を点検したところ条件付きで作業は可能となったとか。

3月14日に水素爆発を起こした3号機、5月4日にも爆発は水素か核かなんて情報があった3号機だけど、温度の高かった3号機が5月8日未明にも爆発したらしい、白煙だの黒煙だのが見えたとかいうツィッターでのツィートをみかけた。YouTubeにきのこ雲の映像がアップされたとか。事実かどうか分からないが。
そんな報道はなかった。デマか、最近ツィッターもデマが多いらしいから。 拡散不希望。

そして突然総理の要請で静岡の浜岡原発の運転している全てを停止と発表。これで東電への電力供給はなくなり中部電力も節電及び停電の危機。

もう何だか分からんから、後は野となれ山となれ!って言ってるしかないな。
でも、放射性セシウムや放射性ストロンチウム、ヨウ素、トリチウムまで。。。プルトニウムも?

ところで放射線量を測る計器には線量計とガイガーカウンターがあるらしいがその違いは? Amazonでは「ガイガーカウンター放射線測定器」として販売。

明るい話題、大震災による原発事故で電力不足になり消えた東京タワーの照明は2ヵ月後に復活しました。

2011年6月末に弱震がありましたが。丁度テレビで朝の子供番組をみていたゆうご君が「地震がありました。」という警報のチョリン、チョリンという警告音に気が付くや否や椅子から降りて自分からテーブルの下にもぐりました。
まじめな顔です。 よほど3月11日の大地震が記憶に残っているのでしょう。

総理大臣も代わった2011年秋の終わり、11月の初めに東京地方にも小さな地震が何度もあるようになった。これれはもう余震なんかじゃないだろう。
福島原子炉2号機でなんだか核分裂の噂もあり、臨海状態?
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by koukinobaaba | 2011-04-09 10:02