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ピナ・バウシュ 夢の教室 Tanztraume by Pina Bausch (2010)

2010年の映画でジャーナリスト転じて映画製作のAnne Linsel(アン・リンセル)が監督したドイツの舞踏家であるPina Bausch(ピナ・バウシュ)のドキュメンタリー映画「Tanzträume(夢の教室)」が2012年に公開されたそうです。(英語のタイトルは「Dancing Dreams」)


ドイツやウィーンで1920年代から始まったダンスの実験劇場の「Tanztheater」があったそうですが、1973年にピナ・バウシュが始めた「Tanztheater Wuppertal」というダンスだけでなく歌ったりしゃべったり泣いたり笑ったりと今までにないユニークな舞踏スタイルで知られているそうです。
このドキュメンタリーではダンス経験のない40人の14歳以上の少年少女たちに週に一度の稽古を授け、たった10ヶ月後にピナ・バウシュ定番の「Kontakthof」の舞台に立つという大プロジェクトが組まれました。
映画「夢の教室」はその時のピナ・バウシュによるダンス指導を記録した映像だそうです。

映画の予告編も観られるピナ・バウシュのオフィシャル・サイトはピナ・バウシュ 夢の教室 Tanzträume

Dancing Dreams [DVD] (2010)
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ピーナ・バウシュ(1940年 - 2009年)はドイツのバレエダンサーであり、バレエとモダン・ダンスの振付師でもあり、2002年にも「Hable con ella(トーク・トゥ・ハー)」という映画に出演しているそうですが、2011年にはドイツのWim Wenders(ヴィム・ヴェンダース)が監督したピナ・バウシュのトリビュート映画「Pina(ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち)」が日本でも2012年2月公開されたそうです。
Pina: A film for Pina Bausch by Wim Wenders

☆ちなみにヴィム・ヴェンダースは1977年にデニス・ホッパーがトム・リプリーを怪演した「Der amerikanische Freund(アメリカの友人)」や、1999年の「Buena Vista Social Club(ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ)」など1970年から2014年までコンスタントに映画を監督しています。

ピナ・バウシュは2009年に肺癌宣告を受け、たった5日後に惜しくも68歳で急逝したそうです。
「65歳以上の紳士淑女と共に」
Pina Bausch - Kontakthof (2000) - YouTube

モダンダンスといえば「モダンダンスの母」と呼ばれ、裸足で踊ったというアメリカ人のイサドラ・ダンカン(1877-1927)がいました。
詳しくはAudio-Visual Trivia内のイサドラ・ダンカン Isadora Duncane



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by koukinobaaba | 2012-04-14 16:33 | 映画

ホワイトマサイ Die Weisse Massai (2005)

「ホワイトマサイ。。。The White Massai」

”サバンナの戦士”と呼ばれるアフリカのケニヤのマサイ族は山川惣治著の「少年ケニヤ」でワタルを助けた老酋長のゼガ(セガ)で半世紀も前に日本でも知られていますが、ホワイトマサイはどうでしょう。
ホワイトマサイとはドイツ人のHermine Huntgeburth(ヘルミーネ・フントゥゲボールト)が監督した 2005年のドイツ映画で「Die weisse Massai 」のことです。

「白人ケイトにはならなかった白人カローラ」
映画「Die weisse Massai 」はひとりの白人女性がスイスからアフリカへ休暇で訪れて誇り高きマサイ族と同族および同言語のサンブル(Samburu)の戦士(モラン)と出会って今までになく運命を感じたほど魅せられたというストーリーです。原作ではドイツ人ですが映画ではスイス人で結婚したのはマサイでもサンブルの戦士です。原作では当然自分本位に書かれているそうですが映画ではサンブル戦士にも理があるように描かれています。
サンブルとは身につけたその美しい装飾品からまるで蝶のようだと他の部族から呼ばれたのだとか。
映画のヒロインは赤道直下のサンブル地区でマサイ族に似た放牧生活をするサンブルの戦士と暮らすようになったのです。
農業は卑しむべきと考えるサンブル族は主食が飲んでも減らない牛の乳と血だそうですから、最近はウガリにカラバッシュ(牛の血入りミルク)を常食とするマサイ族に民族的に類似しています。
故国スイスで経営していた店を処分して、サンブルの戦士と結婚した女性はバルサロイで生活しながら村にはなかったピックアップ・トラックを購入し食品店も開きました。

白人のカローラはチャット(Khat)依存による副作用なのか、夫のいわれなき猜疑心に悩み、伝統的な割礼の儀式に驚愕しながらも文化の違いにめげずにサンブルの生活に馴染もうとしました。
サンブルの男には商売とはいえ夫以外の男に愛想をふりまくなんて我慢ならないことだったのです。(夫以外の男性を見るな。夫以外の男性に笑顔を見せるな。)
ドアが開けっ放しというだけで今ここに男がいたなどという妄想を抱くようになったレマリアンはカローラのお腹の子供も誰か他の男のだろうとまで言い出すのです。

The Samburu moran from Barsaloi;
Lemalian Mamutelil played by Jacky Ido
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「あらすじ」
映画の冒頭は2年間交際してきた恋人と2週間の予定でケニア旅行した白人女性が浜辺で寝転んで回想する台詞から始まる。
「マサイは投獄されたら死を選ぶだろう、この状況が変わることなど想像できないから。マサイには未来や過去もなく現在を生きるのみ。私がこれを理解するのには余りにも時間がかかり過ぎた。」といった趣旨だったと思うが、これはきっと独自の世界観を持つ世界でも稀なマサイの精神構造について述べているのではないかと思った。聞くところによれば、愛する人がライオンに食われそうになっていても「ライオンと戦うのは無理だから去る。」と今時の某マサイ戦士が言ったとか。(部落の人々と家畜を守る役目の戦士はその昔、長老になる前の編んだ長い髪のうちは結婚もせず、牛などの家畜を襲うライオンや豹と長槍で戦ったのに。。。今じゃライオンは国立公園に保護されてるか。高原の貴族と呼ばれたプライドの高いマサイ族の狩猟地域はナイロビ、マサイマラ、セレンゲティ、そしてサンブルなどが動物保護区や国立公園などに指定されてしまった。遊牧民が定住を強いられるなんて!)

ヨーロッパからやってきたカップルがモンバサからケニヤに行く船に乗り込むシーンからストーリーが展開します。黒いアフリカ人だらけの船上でカローラの恋人がひときわ目立つマサイの戦士を見つけました。この時、距離を隔てて見つめ合った二人はどうやら一目惚れをしたようです。そう、これが世の人々がいう「人生には全てを変えてしまう瞬間がある。」ってやつかも。
写真撮影にも笑顔で応じてくれた。。。マサイってカメラが大嫌いじゃなかったかね。
赤い腰布をまとい頭に羽飾りを付けたフードに耳輪、髪が赤土(黄土)で固めた細長いブレードといった伝統的な戦士の正装をした精悍なアフリカ青年のレマリアンです。髪を凝って結い上げている戦士たちは牧畜に寝る時は動物の骨か枝で作った高枕をします。(日本髪で寝る時代の枕みたい。)
アフリカ東部のケニアではスワヒリ語と英語が公用語だそうですが、映画では戦士のレマリアンは町の中やカローラにはサンブル語ではなく英語で話します。

さて、上陸してすぐにカローラの恋人がケニア旅行の最後にと麻薬を入手するために接触した黒人が仲間を集めてきたので身の危険を察知したカップルは逃げました。悪党どもに追われ市場に逃げ込んだカップルがぶち当たったのが船上のマサイの戦士でした。悪党どもは戦士姿のレマリアン一行を見て恐れをなしたか散っていきました。レマリアンとその仲間はちょくちょく町にやって来るようですが何をしにくるのでしょう。
「ジャンボ、どうかしましたか?」とレマリアンは尋ねましたがカローラの恋人は今度は麻薬じゃなくて帰りのフェリー乗り場を聞きました。
バスに乗り遅れたカップルを呼び止めたのは又もやレマリアンでした。「我々と一緒に行こう。」と小型の乗り合いバスに誘います。恋人の制止も聞かず、レマリアンに気のあったカローラはそのお礼にと飲み物をごちそうすることにし、ダンスまで誘ったのでした。踊りにも応じるなんてずいぶんとさばけたマサイの戦士、カローラはこの時点でもうレマリアンの魅力に完全に取り付かれていました。
踊りながら見つめ合うカローラとレマリアンは運命の赤い糸を感じているようです。言葉の壁のせいでしょう、ニンマリとはするけど口数の少ないレマリアンはカローラと目で語ります。

追いかけてきた恋人に仲を裂かれたもののレマリアンを忘れられないカローラは帰国の途につく直前に恋人に一緒に帰らないと言いました。カローラの恋人は「あれは観光客の相手をするマサイなんだ。君はただやりたいだけじゃないか。」となじったのです。(実際に遊牧生活がままならないので現金収入を得るため観光ガイドをしているマサイもいるとか。)
この言葉が決定打かどうかは不明ですがカローラは恋人と別れてアフリカに残る決心をしました。
その時にはレマリアンはサンブル地区のバルサロイ村に帰ってしまったと聞いたカローラはサンブル地区に探しに行くことにしました。ナイロビからバスでケニアの北部にあるマラライ(Maralal)まで砂漠を走ると窓から赤い腰布をつけたサンブル族が放牧しているのが見えます。マラライの人々に写真屋が撮ってくれたカローラとレマリアンの写真を見せても誰も知らなかったのでレマリアンの仲間から聞いたKatja Flint(カティア・フリント)が演じるドイツ人のエリザベスを訪ねます。
エリザベスからケニア人との結婚生活について色々と話を聞き二人は意気投合しました。10日経過した晩のこと、カローラが探していることを聞き知ったレマリアンがやって来ました。二人が見つめ合うシーンはロマンチック、月明かりの夜、レマリアンについて行くカローラはまるで別世界に入っていくかのようです。でもその後のいきなりの背後からの攻めはショック。「なに、これ。」と思ったか「戻って来る?」というレマリアンの言葉に無言だったカローラでした。
しかしレマリアンの次の言葉「うち、来る?」には、こんな異文化も悪くはなないと思ったらしく、カローラはエリザベス夫妻の家を出て電気も水道もなく赤土だけのレマリアンの住む村に向かいます。野越え山越え険しい岩山を登り。

サンブル族はけして後ろを振り向かない。なぜなら災いを招くから。

昔の(今も?)マサイの住居は牛糞で作られていましたが、サンブルでは牛の皮で覆った家に迎え入れられレマリアンの家族に紹介されますがカローラは最初言葉が分からず笑顔で自分の名前を連発するのみ。
屠ったヤギの血を儀式のように仲間の戦士たちと啜るレマリアンを見たカローラはショックを受けますが、マラリアにも冒されたカローラにはこんなもんは序の口で、まだまだ文化の違いは続きます。レマリアンがガムを噛むかのように常用している薬草はチャット又はミラ(Miraa)と呼ばれる麻薬でした。

もはや旅行者ではないカローラはレマリアンとサンブルに住むため登録をしにナイロビのニャヨ・ハウス(出入国管理局のあるビル)に行きました。この役所の入り口で、伝統的な戦士姿のレマリアンは服装チェックをされてしまったので驚きます。もっとも戦士は上半身裸でパンツを履いていないだけじゃなく山刀などの武器を所持してますから。
この後、カローラは身辺の整理をしにスイスに戻ります。結婚しようと言うレマリアンに必ず戻ると約束して。
言葉通りに2週間後にお土産をいっぱい持ってカローラはサンブルに帰ってきました。

スイスで経営していた店を処分したカローラはバルサロイで食料品店を開きますが、夫が家族や友達にツケで買い物をさせていたので商売になりません。なにしろこの村は全員が家族友人ご近所さんなのです。
おまけに煩い村の小役人にそれを嗅ぎ付けられツケを強要されてしまったのです。村の人々は言いなりになったり賄賂をやったりして安全を買ったつもりです。次に役人は許可証なしに営業していると脅してまだ子供で役立たずの甥を無理矢理雇わせました。

身籠ったカローラは出産時に難産で赤十字の飛行機で病院に行き女児を出産しましたが、無事に生まれた赤ちゃんを見たレマリアンは自分の子供であると確信しました。(産まれた子が白かったら大変。) しかし、ケニアの文化なのかレマリアンだけなのかは不明ですが、カローラの妊娠中や産後の思いやりが皆無なので驚きます。 お産でも女性に課せられた家事労働を戦士たるものが手伝うことはないのです。

この後、いやいや雇っていた小役人の甥をめぐって災難が起きます。
少年はさぼって店のビールを飲んだりするので業を煮やしたカローラがクビにしたのです。その仕返しとばかりに少年はナイフを手にカローラを襲ったのです。戦士である夫のレマリアンが激怒して散々に殴りつけたので村の裁判で慰謝料を請求されてしまいます。ヤギ5頭。それに少年をクビにしたのでヤギ2頭。

その後も妻が客と密通していると思い込んでいるレマリアンの妄想はひどくなりカローラを売春婦呼ばわりした挙げ句にその男を殺してやるといきり立つのです。レマリアンは狂ったように戦士の長いブレードを切りTシャツを来てカローラの店に現れたのです。「これなら俺を尊敬するか!」
戦士の象徴である長いブレードを勝手に切るなんて!もう駄目だとカローラは思ったのでしょう。
この後、カローラはスイスの母親が孫を見たいというからと娘を連れて2週間の休暇旅行に行くことをレマリアンに告げます。懐疑的なレマリアンは何度も「戻ってくるんだろうな。」と念を押しました。カローラがスイスの店を処分して結婚するために帰国した時と同じ言葉です。
しかし、バスのドアが閉まる直前にレマリアンは「もう戻ってこないことは分かっている。」と言ったのです。
二人とも愛し合っているのにも関わらず悲しい選択となりました。

互いの文化の違いをどう埋めていくかはその人次第。上手くやるには郷に入れば郷に従うでしょうか。
他国で長年行われてきた伝統を自分のスタイルに変えようとすることは不可能です。
赤を基調としたサンブルの女性のコスチュームはアフリカで一番美しいといわれていますが、カローラは結婚式に白いヴェールにウェディングという西洋風でした。
カローラとレマリアンが結婚する日に20年間現地で生活してきた白人神父が教えてくれたのは、「サンブルでは白に二つの意味がある。一つは我々同様に純粋や純血を表すが一方夜に起こる厄災という意味もあるのだ。サンブルではオール or ナッシング、つまり全てを受け入れなければならない、中途半端じゃ駄目なんだ。ここでは掟が一番大事だから貴女は何も無理強いすることはできない。それを理解しなかればサンブルにはいられないのだ。」
そして、ドイツ女性のエリザベスはカローラがレマリアンと皆のためにと言って食料品店を開く時に「ここはスイスじゃないわ、貴女は自分のためにやるのよ。一見普通の女性に見えるけど強すぎる人ね。」と言ったのでした。
あまりにも違った環境で育った人間が互いに歩み寄ることも出来ないほどの文化の違いに熱烈な愛情を冷やし次第に深い溝を作ってしまう、国際結婚が難しい所以でしょうか。


Der weiße Massai(The White Massai)
スイスのCorinne Hofmann(コリンヌ・ホフマン)原作のミリオンセラーの自伝的小説「マサイの恋人(ヴァイスマサイ )」を映画化ではスイス人女性のカローラをドイツ人女優のNina Hoss(ニーナ・ホス)が、サンブルの戦士を西アフリカ出身で当時27歳のフランス人俳優のJacky Ido(ジャッキー・イド)が演じています。
「ホワイトマサイ」のトレーラーはDie Weisse Massai trailer - IMDb

Die Weisse Massai Soundtrack
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「ホワイトマサイ」のストーリーを追ったサウンドトラックの試聴
Die Weisse Massai Soundtrack - Amazon.fr

2000年の「Pünktchen und Anton(点子ちゃんとアントン)」や1996年の「Jenseits der Stille(ビヨンド・サイレンス)」のサントラも手がけたドイツの作曲家であるNiki Reiser(ニキ・ ライザー)の音楽19曲を収録しています。
アフリカの打楽器を取り入れたテーマ曲”Die Weisse Massai(ホワイトマサイ)”をはじめ、現地語で歌う”Malaria(マラリア)”や”Der Lange Weg(長い道)”など全19曲を収録しています。
道ばたで難儀している妊婦を助けたカローラは買ったばかりのトラックに乗せて病院に運んだが赤ん坊は手が先に出て結局は死産だった。このシーンで流れる”Totenlied(葬送歌)”は子供の歌声が胸をうつ。


Die weiße Massai by Corinne Hofmann
映画「Die Weisse Massai(ホワイトマサイ)」は日本で劇場未公開でDVDが販売されていませんが、書籍としては、映画の原作となった小説はコリーヌ・ホフマン著の「Die weisse Massai. Sonderausgabe.」のペーパーバックが日本でも販売されています。
1986年に実際に恋人とケニヤを旅行したスイスの女性が現地の男性と結婚し女児を儲けるも諸事情により1990年に帰国して書いた実話的小説だそうです。続編2冊を出版しトリロジーとしたそうですが、その後の2004年にサンブルの家族と再会を果たしたそうです。




「マサイ戦士と結婚した永松真紀のブログ」
ところで、映画ではマサイ族の男性と結婚したのはスイス人でしたが、なんと、日本にもマサイ族と結婚した女性が存在していてブログを作成しています。2005年にマサイ戦士と伝統的な結婚式を挙げた旅行ガイドのプロである女性が2006年12月20日(水)から日記にしています。ブログのタイトルにある”第二夫人”というのはマサイ族は種族を残すために一夫多妻なんだそうです。それでは白人男性はマサイ族の夫になれるでしょうか。財産(牛)を持っていて、割礼の儀式を受けていれば可能性はあるそうです。あとはライオンを殺してくることぐらいだとか。

☆現在ブログ「マサイ族の第二夫人永松真紀のケニア・サバンナ日記」は移転しています。
http://masailand.blog25.fc2.com




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by koukinobaaba | 2011-09-23 19:21 | 映画

南京!南京! Nanjing Nanjing - City of Life and Death (2009)

私が偶然にツィッターで情報を得た中国映画に「Nanjing Nanjing (南京南京=ナンジン ナンジン)」があります。

4年がかりで史実を検証したLu Chuan(陸川=ルー・チュアンもしくはルー・チューアン)が脚本を書き監督した2009年の映画「南京!南京!」は、スペインサンセバスチャン国際映画祭や第53回ロンドンの映画祭でも賞賛を浴びたそうですから日本でも上映されるかもしれません。

私が子供の頃には「支那事変」として記憶にありましたが、1937年(昭和12年)から1945年(終戦)までの約8間に行われた大日本帝国と蒋介石政権時代の中華民国との戦争、いわゆる日中戦争(中国抗日战争)と呼ばれるものです。

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日本では未だ劇場公開されていませんが、2011年に「南京!南京! CITY OF LIFE AND DEATH」(2009)として輸入版(香港正規版) が販売されたようです。(北京語に英語字幕)(ASIN: B002UOKXNS


映画「南京!南京!」は1937年の12月、北京や上海が陥落した後、南京から逃走した国民党軍の残党が日本軍に抵抗したものの遂に南京は陥落し、その後に起こった南京大虐殺の惨劇をドキュメンタリー調のモノクロで描いた作品です。しかしドキュメンタリーなんかではなく、人間を描いたドラマです。

南京!南京! (2009)
映画の冒頭は南京城から逃がれようとする中国人兵士とそれを阻止する国民党軍の闘争、その後は日本軍の敗残兵捜索のシーンです。
教会堂の扉を開けると大勢のクリスチャンの信者たちに混じって武器を持った何人かの中国人兵士が潜んでいました。 「支那兵がいたぞ!」と仲間の兵隊を呼び寄せる日本人の兵隊。

リウ・イエが演じる陸剣雄を含む国民党軍の残党と角川を含む伊田が率いる日本軍の熾烈を極める攻防戦。
闘いが終わり倒れた大勢の兵士と市民ののなかを呆然と歩く角川は見た。
縄で縛られた中国人たち、戦略品をリヤカーに積み込む日本兵、中国人を銃殺する現場、全裸の死体や電柱からぶる下がる縛り首死体どころか首だけがぶら下がる木。(横棒に並んで高く吊り下げられた馬賊の打ち首写真は見たことがあるが。)
映画では敵兵の捜索の名目で、国際安全区だろうと重症患者がベッドに横たわる病院だろうと国際法を無視して乱入し無法の限りを尽くしたのです。(実際には安全区は某連隊が守ったとも聞いたが。)

ガスマスクの日本兵士の一団が捜索しているシーンがありましたが、このようなガスマスクは私の幼少時に我が家の押入れに入っていた記憶があります。 おそらく我が家にあったのは第二次世界大戦中に開発されたという潜水具のような緑がかったゴム製で薄気味の悪い民間用の防毒マスクだったと思いますが終戦後にもきっとどの家庭にも残っていたのかもしれません。

映画では兵士は殆どその場で日本兵に撃ち殺されますが、捕らわれた中国の市民は悲惨でした。縄で十羽一絡げにされたり、建物に封鎖された上に火をつけられ手榴弾まで投げ込んで焼き殺される。日本兵が銃剣で突き刺したり、一斉射撃で集団殺害、集団生き埋め、海に向かって歩かせ後方から射撃するなどと非道の限りを尽くします。なんとも民族闘争でも見ているかのようで、一般市民にこのようなひどいことをするなんて。銃と共に天皇陛下から賜ったはずの弾も撃ち放題に見えます。

中国軍の生き残り兵士の陸剣雄(リウ・イエが演じる)が後ろ手に縛られて連行されるシーンでは、これまで奮闘してきた陸剣雄を常に手助けしていた11歳という少年兵の小豆子(9歳のBin Liu=劉斌が演じる)が見せた笑顔が愛らしい。(親子なのか?兄弟なのか?) 監督談によれば、実はこの小豆子にはモデルがあるそうで監督が見た当時の1枚の写真から思いついたそうです。

角川は慰安所で内地(日本)から来たという売春婦の百合子(宮本裕子が演じる)と出会い自分が童貞を捧げた妻と心に決めたのでした。
日本軍が若い女性を暴行しているため女性たちは女性の命というべき長い髪を切ったのですが、日本でも同様で戦後の満州や樺太からの引き揚げ船では一見して女性に見えないようにとが断髪しました。

ご機嫌な日本兵たちが掛け合いの流行歌「二人は若い」を歌い興じていた時、一緒に笑っていた角川が見たものは御用済みの慰安婦を荷物のようにリヤカーに山積みにする図。そのなかに角川が贈ったアンクレット(クルス)を付けた百合子の足を見つけたのです。
1935年にサトウ・ハチローが作詞した「二人は若い」という歌謡曲は第二次世界大戦中には敵性語規制(カタカナ英語)のため姓を本名の漢字に変更を余儀なくされ上海でも活動したジャズ歌手の草分け的存在のディック・ミネの1930年代後期のデュエット曲でした。

ラストは「生きていくことは死ぬことよりも難しい。」と小豆子と父の親子(?)を解放した角川は姜淑雲を撃ったピストルで自分のコメカミを撃ち抜き自害しました。拳銃の音を聞いたものの自分たちが無事だと分かった親子でしたが、ここで小豆子の笑顔が戻りました。 タンポポの花と綿毛が舞う束の間の平和なシーンです。

映画「南京!南京!」では一人の日本人兵士が映画のすじを進める主人公となり彼の心理を通して戦争の悲惨を描いています。その主人公の日本兵で隊長(憲兵か)の角川正雄役を中泉英雄(Hideo Nakaizumi)が演じます。その角川隊長とは同郷で上官である日本陸軍第16師団所属の職業軍人の伊田少尉役の木幡竜や角川が妻と(勝ってに)想う百合子を演じた宮本裕子以外は日本兵役でもほぼ全員が中国の俳優です。
2010年の「仮面ライダー」で菊地宏を演じた俳優の中泉英雄だが、「南京!南京!」では日本兵士の雛形ともいえる角川役で日本軍の虐殺事件をテーマにした中国映画に出演した中泉英雄と木幡竜両名の勇気ある出演が話題となっています。
どういった経緯で日本人俳優にオファーがあったのか、それともオーディションだったのかは不明。

「南京!南京!」を監督した中国のルー・チュアンは2001年に脚本を手掛けたミステリードラマの「The Missing Gun(ミッシング・ガン)」でデビューし、2004年にも「Kekexili: Mountain Patrol(ココシリ)」を監督しています。 一方、南京で日本軍に抵抗した国民党のLu Jianxiong(陸剣雄)役で出演しているLiu Ye(劉燁=リウ・イエ) は眼で演じる俳優といわれ、Chow Yun-fat(周潤發=チョウ・ユンファ)やGong Li(鞏俐=コン・リー)と共演した2006年の「Curse of the Golden Flower(満城尽帯黄金甲=王妃の紋章」で長男王子を演じた中国人俳優です。

映画の音楽はTong Liu(トン・リウ)が作曲したそうですが、クラシック調や和風の太鼓と笛を主にした音楽が効果的に使用され緊張を盛り上げてています。


「南京!南京!」には正視できないほど悲惨な場面や涙する悲しい場面もたくさんあり、綺麗に描いていますが実際はこんなもんじゃなかったでしょう。
意味不明と賛否両論ある中で、私が鳥肌が立った場面の一つは終盤の日本兵の行列シーンです。
日本軍の合同戦没勇士慰霊祭でしょうか、占領した南京城への入場式でしょうか。
伊田の第16師団の他、各師団合同の祭りが行われ戦死者の白い遺骨箱を胸に日本兵が行進しました。 たくさんの中国人に混じってこの入場をあの少年兵も見ていたのです。
和太鼓を後ろ従えてに上官の井田から「お前は踊りが下手だからよく練習しておけよ。」と言われた角川を先頭に日本兵たちの鬼気迫る踊りは畏敬をも感じさせ、一見に値します。阿波踊りや安来節のようなこの踊る行列は1980年代に一世風靡セピアが行ったパフォーマンスの「前略、道の上より」みたいでもあります。
このようなシーンまで取り入れた中国人のルー・チュアン監督はただ者ではないと感じました。第一に政府の息でもかかってるのか、中国人でありながら日本兵の深層心理を描いているところがこれまででは有り得ません。残虐極まりない筈の伊田少尉が一目置いている中国人宣教師を開放するようにわざわざ取り計らったにもかかわらず自ら死を選んで処刑される場面で顔を背けたシーンや、ラストで角川大尉の自害を知ってか知らいでか海が見える高台でドラム缶風呂に浸かりながら故国を想うかのように海を眺めるシーンなど奥深い心理描写です。(世界でも通用するでしょうか)
4年もの資料の検証を試みた監督の調査結果がこのような映画、監督及び俳優陣が中国、日本共に若くて戦争の傷跡さえも体感していない世代だからでしょうか。いづれにせよ、この映画が世界的に公開されれば南京事件を知らなかった人々が日本人の蛮行を映像で観ることになるでしょう。
かって日本映画が東京の大空襲や原子爆弾投下の正当性を主張するアメリカ軍飛行士(カーチス・エマーソン・ルメイやエノラ・ゲイのポール・ティベッツなど)の側に立って映画を製作したことがあっただろうか。

最後に、この「南京!南京!」が日本で上映され、出演した中泉英雄と木幡竜が俳優として認められて今後日本の映画に出演できるようになりますように。。。それとももう帰国しないのか。


南京大虐殺 (The Rape of Nanjing) 1937年
終戦後すぐの極東国際軍事裁判でも取り上げられた南京大虐殺とは。
まず1927年の南京事件で共産党側の策謀かとも云われていますが蒋介石の国民革命軍が南京を占領した時に領事館と居留民を襲撃事件が起こりました。その後の中国や日本の方針を変えた事件だったそうです。
そして10年後に日本軍がおこした南京大虐殺が起きたのです。 実際には殺害された敵兵や捕虜や民間人(中国人)の数はいずれが正しいのかは不明ですが少なければよいというものではない。ともかくその数よりも、事実ならば一部(某連隊)の日本兵が行ったと伝えられた虐殺及び暴行に及んだ残忍性の方が口に出すのも恐ろしい出来事でした。しかし、なぜ、南京だけでこのような蛮行がと解せない一面もあります。
昔、私が南京事件の文献を垣間見た時には、子供ごころにもこれが人間のすることか、自分の親世代が行った蛮行かと信じられない思いでしたが、歴史や社会科の教科書では注釈で数行の扱いだったと記憶しています。
家庭では子煩悩だったに違いない父親たちが狂ってしまうほど過酷な戦争とは下に恐ろしきもので絶対にあってはならないと思いました。現在ではあまり眼にすることもありませんが、戦争直後には虐殺の数々の報道(新聞記事)が武勇伝のごとく語られたこともありました。いったいぜんたい鬼畜となった日本兵はどれほどいたのだろうか。
もっとも、そんな戦場に於いてもなお人道的な行動をとった人間だって存在したのです。 上官の命令は天皇陛下の命令であるという戦時下に於いては、上官の敵兵(捕虜)射殺命令を拒んで軍法会議にかけられ処刑、もしくは上官の逆鱗に触れてその場で命を落とした日本兵も存在したのです。
南京大虐殺から74年後、生き証人がほぼ絶えた現在でさえ大量殺人が事実か捏造かと論議を呼んでいるのです。
ちなみに身内で戦争を経験した世代に聞いたところ「聞いたことがあるかも。。。」程度の認識でしたが、私と同世代だと「あれは「日中双方のプロパガンダで利用された出来事。」という見解もありました。そして私の子供たちの世代では「知らない。」という答え。

第二次世界大戦中に起きた南京事件に関する映画としては、1938年に徳川夢声が解説するドキュメンタリー映画の「南京」を日本がリアルタイムで制作しました。
南京大虐殺をテーマにしたドラマ(映画)では1995年に早乙女愛が出演した「Don't cry, Nanking(南京1937)」があります。これは中国のWu Ziniu(呉子牛=ウー・ツーニウ)監督で、香港と台湾と日本の合作でした。
2009年の「南京!南京!」に続いて、2012年にはイギリス俳優のChristian Bale(クリスチャン・ベール)がアメリカの宣教師役(?)で主演する「13 Flowers of Nanjing(Nanjing Heroes)」を1987年に「紅いコーリャン(紅高梁=Red Sorghum)」を監督したYimou Zhang(チャン・イーモウ)が監督するそうです。 挑戦状かな。


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by koukinobaaba | 2011-07-13 16:16 | 映画

TVシリーズのヴァンパイア・ダイアリーズ The Vampire Diaries

偶然目にしたのですが、怖そうだけど聞いたことがないと思ったらアメリカのCW局で放映されているテレビドラマ「Vampire Diaries」だそうです。 このL.J.Smith(L.J.スミス)が1993年に書いたいた人気ヤングアダルト小説の「ヴァンパイア・ダイアリーズ」」四部作をドラマ化したそうで、2010年の秋はシーズン2が始まるのだそうです。
原作本はAmazonなどで2010年4月に販売されています。

イケメンのヴァンパイヤーとイケメンのハンターの対決がヤングアダルトニ人気だとか。
大脱走」などのアドベンチャー映画で人気だった故・Steve McQueen(スティーブ・マックィーン)の孫が出演することでも話題になっています。

The Vampire Diaries: The Complete First Season (2009)
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ヴァンパイアの映画はこれまでもたくさん作られましたが、2009年から放映されているこのシリーズは若者の吸血鬼らしく、故郷に戻ってきたStefan Salvatore(ステファン)とDamon Salvatore(デイモン)という兄弟ヴァンパイアに翻弄される女子高生(エレーナ)の物語だとか。 エレーナもステファンも日記をつけているところがドラマのタイトルとなったのでしょう。 The Vampire Diaries

2008年にTVドラマの「Never Cry Werewolf(女子高生VS狼男)」に出演したブルガリア出身のNina Dobrev(ニーナ・ドブレフ)が19世紀に兄弟ヴァンパイアが知っていた女吸血鬼にそっくりなエレーナを演じ、2005年に日本未公開映画の「Roll Bounce(ロール・バウンス)」にちょっと出演した27歳にして高校生を演じるPaul Wesley(ポール・ウェズレイ)とTVシリーズの「Lost(LOST)」に出演していたIan Somerhalder(イアン・サマーハルダー)が吸血鬼兄弟を演じます。
ステファンはニーナ・ドブレフが演じる美少女に近づこうとし、デイモンは呪われた女吸血鬼を墓から救い出そうとするのだそうです。 エレーナは同時に二人の吸血鬼に惹かれていきます。

エピソードやキャストの写真などが見られるオフィシャルサイト
The Vampire Diaries Official Site - CWTV.com
The Vampire Diaries Season 2 - YouTube

昨今のバンパイア流行で愛情表現としての首などへの噛み付きが問題になっています。 老婆心ながらご忠告しますと感染する危険がありますのでくれぐれも吸血鬼ごっこをお避けくださいませ。 狂犬病、じゃなくて狂人病。


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by koukinobaaba | 2010-11-21 13:13 | 映画

セラフィーヌの庭 Seraphine

2008年にフランス他ベルギーとドイツの合作で製作され日本では2010年の8月に劇場公開された映画に「セラフィーヌの庭」があります。
20世紀初頭を時代背景に、家政婦から画家になったフランス人のセラフィーヌの78歳までの生涯を描いた伝記映画です。
監督はMartin Provost(マルタン・プロヴォスト)で、ヒロインのSéraphine Louis, dite Séraphine de Senlis(セラフィーヌ)を演じるのはYolande Moreau(ヨランド・モロー)です。
セラフィーヌを演じたヨランド・モローはJean-Pierre Jeunet(ジャン=ピエール・ジュネ)作品に良く出演しており、Audrey Tautou(オドレイ・トトゥ)が主演した2001年の「Ameri(アメリ)」やJuliette Binoche(ジュリエット・ビノシュ)も出演した2006年のオムニバス映画「Paris, je t'aime(パリ、ジュテーム)」内の「エッフェル塔」編などに出演していたそうです。

映画の音楽を担当したのはMike Galasso(マイケル・ガラッソ)ですが主演のヨランド・モローが賛美歌の”Veni Creator Spiritus”を歌っています。
これは”来たり給え、創造主なる聖霊よ”とカトリック教会で歌われる有名な賛美歌の1曲だそうです。
英語のタイトルは”Come, Holy Ghost”で日本では「「きたれや、みたまよ」という題だそうですが、私が通っていた学校はクリスチャンでもプロテスタント系だったので全く知りませんでした。

主人公のセラフィーヌがSenlis(サンリス)の中流家庭で働いていた時にその家の住人となったドイツ人画商がこれまで蝋燭の灯りで密かに描き続けてきた花をテーマにしたセラフィーヌの絵の才能を見出したそうです。 第一次世界大戦を経てセラフィーヌと再会した画商がパトロンとなりこれまでの小作品から2メートル大の作品を手掛ける画家としてさらなる芸術家の道を歩むというストーリーだそうです。 画家として認められて有頂天となったセラフィーヌがたどる狂った人生を知ればセラフィーヌの絵を見る目がまた違うのかもしれません。

Seraphine
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私は映画は未見ですが、興味を持ったのはセラフィーヌが描いた油絵のVincent van Gogh(ゴッホ)の”Tournesols(ヒマワリ)”のように美しくも奇妙な色調の花々です。
教会のステンドグラスや宗教画に魅せられたセラフィーヌの絵は押さえた自然な色調を用いていますがトロピカル調のファブリックのように多色で細かく同じようなパターンが連なって描かれており、まるで版でも押して描いた宝石のように見えるのです。一見素人っぽいとも単純ともとれる絵ですが見飽きることがないのです。
フランスのNaïve Art(素朴派)のHenri Rousseau(アンリ・ルソー)の個展に携わった画商の目を惹きつけたのもさもありなんと思えるほど類似して非現実的な作風なのです。
その中で私が好きなのは1930年の作品で私は葡萄の木だと思ったのですが、有り得ない”Les Grappes de raisin(ぶどうの房のある花束)”という油絵です。
Séraphine - Les Grappes de raisin - oil-paintings.com.au

予告編が観られるオフィシャルサイトはSeraphine Official Site
日本のオフィシャルサイトはセラフィーヌの庭

Séraphine Louis (1864-1934)
映画のモデルとなったフランスの女流画家であるセラフィーヌ・ルイはSeraphine de Senlisとして知られているそうですが私は全く知りませんでしたので映画「セラフィーヌの庭」の公開は私にとって新たな画家を知る好機を得た思いです。

Séraphine Louis - YouTube


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by koukinobaaba | 2010-11-04 20:26 | 映画

ハワイ5-O Hawaii Five-O

1960年代から「Rawhide(ローハイド)」のような西部劇シリーズとともに「77 Sunset Strip(サンセット77)」のような探偵ドラマが大流行で、アメリカで放映されたテレビ・シリーズが少し遅れてですが日本でも観られたのです。

Book 'em, Danno! - Hawaii 5-0
その中の一つに「Hawaii Five-O(ハワイファイブオー)」があり、アメリカでの放映開始は1968年秋でしたが日本では1970年にフジテレビで放映されました。1968年から1980年までのマクギャレット警部はJack Lord(ジャック・ロード)、Danny Williams(ダニー・ウィリアムズ=ダノ)はJames MacArthur(ジェームズ・マッカーサー)が演じました。
司令部に要請したダニーにつないでくれ!”Patch me through to Danno”も有名ですが、毎回ラストの逮捕シーンではマクギャレットの「ダノ、やつらを逮捕しろっ!」もしくは「ぶち込んどけ!」が決めゼリフでした。
Hawaii Five 0 - Book 'em, Danno! - YouTube


その頃はSammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)のアレンジャーだったMorton Stevens(モートン・スティーブンス)が1968年から1980年までTVシリーズの音楽を担当しましたが、オープニングとエンディングのテーマ曲は当時結成したてのThe Ventures(ベンチャーズ)が演奏しましたが、Billboard Top 10 Singles (1969)の5月にランクインしました。
The Ventures - Hawaii Five 0 - YouTube

モートン・スティーブンスのサントラ「HAWAII FIVE-O ORIGINAL TV SOUND TRACK」がキャピトル・レコードからリリースされましたが、それ以外にもフィリップス・レコードからマクギャレットがカバー画像になっている「(秘)指令ハワイ5-0」というタイトルのO.S.T.(サウンドトラック)EP盤もリリースされたそうです。 演奏はThe Chaquito Big Bandチャキート楽団)
The Hawaii Five-O Home Page

「ハワイ5-O」とは何かというと、ハワイ全域の犯罪を捜査するためホノルルのIolani Palace(イオラニ/
ハワイ州庁舎)に本部を構えた4~5人編成の州知事直属の特別捜査班(警察)のことだそうで、元海兵隊に所属していて朝鮮戦争にも行ったことがあるDet. Steve McGarrett(スティーブ・マクギャレット)がチーフを務めています。 激しいアクションにも微動だにしないカツラのような髪型(時々グチャグチャ)や常夏のハワイにあるまじきダークスーツ姿(時にはアロハ)のマクギャレットは一躍ハワイの人気者となったとか。 ”5-O”はハワイが50番目の州であるという意味です。
日本では悪者が「サツが来た!」と言うところを、ハワイじゃ警察のことを隠語で”5-O”と叫ぶんだとか。

ハワイがアメリカの50番目の州となった1959年にはその宣伝も兼ねてかいくつかのハワイを舞台にしたドラマが製作されました。
筆頭はTroy Donahue(トロイ・ドナヒュー)も出演して1959年に放映開始の「Hawaiian Eye(ハワイアンアイ)」ですが、1976年からは「Charlie's Angels(チャーリーズ・エンジェル)」、「ハワイ5-O」の後1980年から始まった「Magnum P.I.(私立探偵マグナム)」の他、1989年からはライフガードを描いた「Baywatch(ベイウォッチ)」などいうシリーズも大人気でした。


さて、2010年秋、70年代に人気だった海外ドラマの「ハワイ5-0」がリメイクされてアメリカCBSテレビで放映されるそうです。
CBS' NEW "Hawaii Five-O" Trailer - YouTube
"Hawaii Five 0" Opening Credit - YouTube


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by koukinobaaba | 2010-09-12 10:38 | 映画

レベッカ・アッシャー Rebecca Elizabeth Asher

「Audio-Visual Trivia」で検索された語句に”Rebecca Elizabeth Asher”という名前がありました。

レベッカ・アッシャーって誰?

そんな女優はいたかな?と調べてみたら、エリザベスモンゴメリーの娘レベッカ・アッシャーのことのようです。

Elizabeth Montgomery(エリザベス・モンゴメリー)は1960年代のテレビシリーズで「奥様は魔女 Bewitched」のサマンサを演じていた女優です。
そのエリザベス・モンゴメリーが「奥様は魔女」にレギュラーが決まる1年前の1963年にSammy Davis Jr.(サミー・デイヴィス・ジュニア)と出演した「Johnny Cool(ひとりぼっちのギャング)」を監督したWilliam Asher(ウイリアム・アッシャー)と結婚して生まれた3人の子供の末っ子がレベッカ・アッシャーだそうです。2番目の男の子とレベッカの妊娠は同時進行でドラマに取り入れられたとか。 もっともタバサちゃんを演じたのはレベッカと同じ日に生まれた双子ちゃんたちでしたが。
恋多き女優だったエリザベス・モンゴメリーでしたが3人は全てウイリアム・アッシャーとの間に出来た子供です。

そしてレベッカ・アッシャーは女優にはなりませんでしたがテレビ番組の脚本監督になったそうですが、最近では2007年のコメディ「無ケーカクの命中男/ノックトアップ」があります。
レベッカも見られるエリザベスモンゴメリー一家のアルバムはTHE ASHER FAMILY GALLERY

海外でも「レベッカ・アッシャーは今何をしているか?」という質問を見つけましたが、なぜレベッカ・アッシャーを調べるのか不明です。
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by koukinobaaba | 2010-08-02 17:33 | 映画

ドロシー・マクガイア Dorothy McGuire

二人いるドロシー・マクガイア

芸能界で同姓同名だと混同してしまいます。
間違った情報もインターネットで拾える昨今、私も恥ずかしながら時々混同してしまうことがあります。

名前だけで検索するとドロシー・マクガイアは女優と歌手の二人が存在していたのです。そして二人とも有名です。

女優のドロシー・マクガイア
b0002123_12261889.jpg1916年生まれの女優であるドロシー・マクガイアは1952年にBronislau Kaper(ロニスロウ・ケイパー)が作曲の美しいテーマ曲が評判だった「Invitation」で若妻のエレンや1956年の「The Friendly Persuasion(友情ある説得)」でGary Cooper(ゲイリークーパー)の妻役で出演したのですが、なんとまだ20代だというのに、この後の1959年にはSandra Dee(サンドラディー)がTroy Donahue(トロイ・ドナヒュー)と共演した「A Summer Place(避暑地の出来事)」でドナヒューの母親役を演じています。

歌手のドロシー・マクガイア
b0002123_12264952.jpg1928年生まれのDorothy McGuire(ドロシー・マクガイア)は1957年のヒット曲で”Sugartime”が懐かしい3人姉妹のコーラス・グループのThe McGuire Sistersでは真ん中なのです。
The McGuire Sisters - singers.com





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by koukinobaaba | 2010-07-26 12:30 | 映画

四人の恐迫者 Ruby Duby Du from Key Witness (1960)

1950年代から現れたビート族をテーマにしたビートニク映画はヌーヴェルヴァーグの若い監督たちも手掛けたようでした。

1960年にフィル・カールソン(Phil Karlson)が監督した異色スリラー映画の「4人の脅迫者」はそんなビート族の中でも最も悪質な愚連隊の無軌道極まる行動を描いていますが、ビートニク映画というよりは犯罪映画といった方がよいでしょう。不良グループのスポーツカーとパトカーのカーチェイスがスリル満点。
私はビートニクとは愚連隊とは異なり、詩や音楽を嗜むある種の文化人と認識していました。

ロスアンジェルス東部に住む一人の善良な市民が彼らの起こした刺殺事件を目撃したことから証人となったために加害者たちから脅迫を受けることになります。
脅迫の憂き目に会うフレッドを演じるのが不動産代理店に勤務するジェフリー・ハンター(Jeffrey Hunter)です。携帯電話のなかった時代ですからちょっと電話するにもバーに立ち寄って公衆電話を借りねばなりませんでした。電話ボックスにいたフレッドはホールの若者どもの喧騒を見たのです。ロスアンジェルスのちんぴら(不良ビート族)のリーダーが彼の女であるルビーと踊った青年を刺したのです。何の恐れも無く白昼堂々と人を殺した不良グループの親玉はカウボーイと呼ばれる男です。なんとこの麻薬に溺れたビート族のカウボーイをビートニクが好きなデニス・ホッパー(Dennis Hopper)が演じているのです。フレッドは電話で警察に知らせた後に刺された男に駆け寄って死に際に犯人の名前を聞いたのが不幸の始まり。周りの人々は不良からの仕返しを恐れて警察には何も見ていないと言ったのですが、唯一人正義感溢れるフレッドは敢然と、「yea, I Saw It.」と警官に同行して協力することを誓ったのでした。証言されちゃ困る不良どもはフレッドを黙らせるために、警官を襲って奪ったメモからフレッドの家を付き止めて連日連夜フレッド家族への執拗な脅迫を開始した。自動車をぶつける、真夜中に電話をかける、脅迫状を送る。 フレッドには妻と二人の子供がいたのですが家族全員がノイローゼになります。警察でさえ手に負えないほどのエスカレートぶり。
やがてフレッドの証言でカウボーイは警察に逮捕されましたが、残った3人とカウボーイの愛人のルビーと以前にも増した嫌がらせを続けた後、不適なルビーの発案でフレッドの子供の誘拐を企んだのでした。発砲で子供がかすり傷を負いましたがそれはなんとか未遂に終りました。しかしこれに恐怖を抱いたフレッドはとうとう証言をひるがえしてしまったのです。それにより釈放されたカウボーイはフレッドに復讐します。しかしジョニー・ナッシュが演じる仲間の黒人のアップルが改心してフレッドに協力することになります。大乱闘の末、駆けつけた警官にカウボーイは逮捕されますが、フレッドと共にアップルが証言台に立ち事件は解決したという結末です。

「四人の恐迫者」のトレーラーが観られるKey Witness Trailer - TCM Movie Database
☆「四人の恐迫者」の写真が見られるJeffrey Hunter - Key Witness Photos - jeffreyhuntermovies.com
☆デニス・ホッパーやジョニー・ナッシュの写真も見られるIl cerchio della violenza (Key Witness) Photos - FILM.TV.IT

アップルを演じているのは1972年にボブ・マーレー(Bob marley)が書いた”I Can See Clearly Now”がヒットした黒人歌手のジョニー・ナッシュ(Johnny Nash)です。
Johnny Nash - I Can See Clearly Now (1972) - YouTube
Johnny Nash - Some of your lovin' (45 rpm)- YouTube

監督のフィル・カールソンは1940年代後期から1970年代までハードボイルドなギャング映画を手掛けています。
例えば、「4人の脅迫者」の前の1959年にはTVシリーズ「アンタッチャブル」の映画版でロバート・スタック(Robert Stack)が主演した「どてっ腹に穴をあけろ(The Scarface Mob)」、1966年にはディーン・マーティン(Dean Martin)が主演した「サイレンサー 沈黙部隊(The Silencers)」があります。この音楽はエルマー・バーンスタイン(Elmer Bernstein)でした。

フレッド役で主演したジェフリー・ハンター(1926 – 1969)は端正な顔立ちで青い目が美しく、おまけにマッチョな身体つきの俳優でした。 「四人の恐迫者」の前には1954年にロバート・ワグナー(Robert Wagner)が主演したデルマー・デイヴィス(Delmer Daves)監督の「白い羽根(White Feather)」や「赤い崖(A Kiss Before Dying)」、テーマ曲が大ヒットした1956年の「誇り高き男(The Proud Ones)」、そして「四人の恐迫者」の後には1961年の「キング・オブ・キングス(King of Kings)」で主演した他、1962年の「史上最大の作戦(The Longest Day)」などの大作に出演し1960年代いっぱい映画やテレビで活躍しましたが、惜しくも43歳の時、脳梗塞から脳出血を起こして亡くなりました。
ジェフリー・ハンターがフランス女優のPascal Petit(パスカル・プティ)と共演した映画が2本あります。 1968年にジェフリー・ハンターの金鉱を巡るマカロニ・ウエスタン風の西部劇の「Find a Place to Die」と1967年にイタリア人のドンファン伯爵を演じパスカル・プティと共演した歴史パロディ映画の「Frau Wirtin hat auch einen Grafen(Sexy Susan sins again」です。

Jeffrey Hunter Photos- YouTube

Key Witness Soundtrack MGM Records LL-2093
Ruby Duby Du & Leather Jacket Cowboy
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音楽は既に1955年の「Blackboard Jungle(暴力教室)」で有名なCharles Wolcott(チャールス・ウォルコット)指揮によるMGMスタジオ管弦楽団の演奏です。
A面は「4人の脅迫者」のロック・バージョンでB面は「4人の脅迫者」のテーマ曲となっています。
手持ちのレコードの解説によると、「最近、ビート族と呼ばれる若者の反抗的な行動が世界的な社会問題となっており、彼らの生態を描いた映画が各国で作られています。」と書かれています。
レコードは1960年11月のリリースのようです。
Ruby Duby Du from "Key Witness" (1960 45rpm)- YouTube

”Ruby Duby Du”は1960年にビルボードのチャート入りした人気のギターとテナーサックスをフィーチャーした曲でタイトルは映画の中のカウボーイの恋人の”ルビー”がリーダーが逮捕された後にグループの指揮を取ろうとしたところ仲間から”Queen Ruby Duby (rbydby)”と偉ぶる態度を揶揄されたところから取ったらしいですが、R&Bグループのクローヴァーズ(The Clovers)の1953年のヒット曲に”Lovey Dovey”という曲や、1958年にチャンプス(The Champs)のメンバーだったデイヴ・バーゲス(Dave Burgess)が歌った”Lovey Dovey Baby”や、ウエスタン・スウィングのHank Thompson(ハンク・トンプソン)が歌った”Rub-A-Dub-Dub”、それに映画の前年の1959年にロイ・オービソン(Roy Orbison)のヒット曲で”Ooby Dooby”もありましたからルビーという名とこれらのヒット曲をもじったのかも。
このロック・ビートの曲は冒頭のシーンで刺された青年がルビーと踊っている時にジュークボックスから流れた他、不良グループの集会シーンでBGMとして使用されました。
同じくビートニクのリーダーを想定したテーマ曲の”Leather Jacket Cowbo”はイントロからテナーサックスのソロが入ったブギウギ調のロックです。
このギターを演奏しているミュージシャンは人気が出た後でカントリー&ブルースギタリストのトビン・マシュー(Tobin Mathews & Co.)であることが分ったそうですが情報はありません。
レコードの解説にあったようにこの曲が”ビート族にピッタリ”というクダリハハナハダ疑問ですが。

Steel Guitar Rag / Irish Washerwomanという曲もEP盤でブルースでお馴染みのChief Recordsからリリースしているそうですが、「Chief Records, The Best of Vol. 3」というLPにエルモア・ジェームス(Elmore James)やジュニア・ウェルズ(Junior Wells)などと一緒に”Ruby Duby Du”、”Leather Jacket Cowboy”、”Irish Washerwoman”、”Steel Guitar Rag”が収録されています。
※同時期、ロカビリー歌手のWilly HensonがステージネームとしてTobin Matthewsを名乗ったことがあったとか。 ”t”が一個多いなんて、ややこしや。

Key WitnessのサントラEPレコードの情報を中古レコードサイトで見ると「分厚いサウンドのスイング系ナンバーです。ジャズ系お探しの方宜しくご検討ください。」とありましたがロック化ポップスであってもジャズ系とはいえない曲です。

チャールス・ウォルコットが手掛けた映画音楽は多くはありませんが、1955年にはグレン・フォード(Glenn Ford)やシドニー・ポワチエ(Sidney Poitier)が出演したロックで有名な「暴力教室(Blackboard Jungle)」があります。この映画で使用されたBill Haley and the Comets(ビル・ヘイリー)の”Rock Around The Clock”は一世を風靡しました。

☆Phil Karlson
フィル・カールソンが1952年に監督したフィルム・ノワールの「アリバイなき男(Kansas City Confidential)が下記のリンクで観られます。
1947年に三十四丁目の奇蹟(Miracle on 34th Street)で弁護士役を演じたジョン・ペイン(John Payne)が主演している他、西部劇俳優のリー・ヴァン・クリーフ(Lee Van Cleef)も出演してます。
JKansas City Confidential (1952) - YouTube



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by koukinobaaba | 2009-06-01 15:20 | 映画

聖者は踊る Le Saint mene la danse (1960)

日本未公開の制作年は1960年(1959年とも)のフランス映画に「聖者は踊る(Le Saint mène la danse)があります。
フランス語の題名は”セイントはダンスに行くとかダンス(のパートナー)をリードする”という意味らしく、英語のタイトルは”The Dance of Death”だそうですがどっちみち情報は多くはありません。
※「聖者は踊る」とう邦題はレコードの解説に書かれてあったもので解説者の単なる意訳かもしれません。

監督はフランスのTVの怪盗ルパン・シリーズの脚本を手掛けた エジプト出身のJacques Nahum(ジャック・ナウム)だそうで、レスリー・チャータリス(Leslie Charteris)の短篇を参考にを映画化したそうです。
映画の題名の聖者とはセイント、つまり1962年から放映されて人気のあったTVシリーズのサイモン・テンプラーのことなのです。こちらのサイモンはアルセーヌ・ルパンのような大怪盗(義賊)です。
日本でも1965年から日本テレビで後の007ジェームス・ボンドのロジャー・ムーア(Roger Moore)が"Simon Templar"(サイモン・テンプラー)を演じた白黒版シリーズの「The Saint」が放映されました。邦題は「テンプラーの華麗な冒険」だったか、「セイント 天国野郎」だったか。

しかしこの映画「聖者は踊る」はシリーズではなく単発のフランス版サイモン・テンプラーです。
中国系マレー人(シンガポール)の医師を父に持ちイギリスで教育を受けたレスリー・チャータリスはアメリカに帰化した推理小説家で1928年から「サイモン・テンプラー」のシリーズを書いて有名です。

出演者
サイモン・テンプラー(Simon Templar)をFélix Marten(フェリックス・マルテン)
ダニー(Dany)をミシェール・メルシェ(Michèle Mercier)
Fred Pellmann(フレッド・ペルマン)をJean Desailly(ジャン・ドザイー)
NormaにFrançoise Brion(フランソワーズ・ブリオン)
1919年にドイツで生まれた俳優で歌手のフェリックス・マルテンの映画は全部日本未公開ですが、ジャン・ドザイーの方は1961年の「素晴らしき恋人たち」や1962年の「新7つの大罪」など15本ほどが公開されています。
一方、フランソワーズ・ブリオンは1959年の「唇によだれ」、「彼奴を殺せ」、「パリジェンヌ」から1970年の「雨のエトランゼ」など有名なフランス映画に出演しています。

Michele Mercier
フランスのニース出身のグラマーなミシェール・メルシェは1960年にシャルル・アズナヴールが主演した「ピアニストを撃て」に娼婦のクラリス役や、1967年には「愛すべき女・女たち(めめ)(Le plus vieux métier du monde)」などに出演しましたが、なんといっても17世紀を舞台にした時代劇で1964年からのシリーズ「アンジェリク(Angélique)」で名を馳せ、一時はブリジット・バルドーに並ぶフランスの人気女優でした。しかし60年代のアンジェリクのイメージを払拭できず、結婚の失敗やイタリアのプリンスとの恋愛スキャンダルも暴露されたため、アメリカに渡って蒔き直しを計ったものの失敗に終りました。女優であるとともに歌手としても有名だそうで映画では何度か歌っているもののミシェール・メルシェのアルバムは見つかりません。
「男はみんな私にギルダを求める」と言ったリタ・ヘイワースのように、付きまとうアンジェリカの亡霊に悩まされたミシェール・メルシェも2002年に「私はアンジェリカじゃない!」という自伝(暴露本)を出版したそうです。
レコードはもう見つかりませんが、セルジュ・ゲンズブールの3枚組みコンピレーション・アルバム「Le cinéma de Serge Gainsbourg」に収録されているそうです。
Michele Mercier - "Six-Huit"

Michele Mercier - Je ne suis pas Angélique - YouTube
Sexy Michele Mercier Photos - YouTube

映画「聖者は踊る(Le Saint mène la danse)」は田舎にある気味の悪い館と草ぼうぼうの荒れ果てた墓地を舞台に繰り広げられるミステリーです。 妖婦的なグラマー美人のダニーなど3人の女と奇妙な風体の二人の召使と共に住んでいたアメリカ人でハンサムな大富豪のプレイボーイは脅迫状を受け取り、命を脅かされたため身の安全を図ってサイモン・テンプラーを雇うことにします。このハンサムは1年前にアメリカで警察のギャングの逮捕に協力した過去があるそうです。
屋敷内では番犬が毒殺されたり、お抱え運転手はモーターが動きっぱなしの車の扇風機の羽に頭を突っ込まれていたり、得体の知れない殺し屋が闇夜に徘徊するといった恐ろしいことが次ぎ次ぐぎと起こります。教会の墓地にセメントで埋められてしまったた我らがサイモン・テンプラーはいかに。。。といった怖いストーリーだそうです。
※2008年に再リリースされたDVDはアメリカで「The Dance Of Death」として発売されているそうです。(ASIN: B001LNOLF0)
フォーマットはオール・リージョンで$8.99です。

「聖者は踊る」の映画情報とフェリックス・マルテンの写真が見られるFelix Marten as Simon Templar - Saint.org
The Saint and Leslie Charteris Blog - Saint.org

「大運河」でMJQ、1958年にフェリックス・マルテンもChristian Subervie役でちょっと出演している「死刑台のエレベーター(Ascenseur pour l'échafaud)」ではマイルス・デイヴィス、「危険な関係」や「殺られる」ではアート・ブレイキーと、1950年代後期から始まったフランス映画のジャズ・サウンドトラックにあやかってか、この「聖者は踊る」でもPaul Durand(ポール・デュラン)作曲のちょっぴりジャジーなサントラになっています。
ポール・デュランは「女は一回勝負する」、「幸福への招待」、「水色の夜会服」、「禁断の木の実」といった1950年代のフランス映画の音楽を手掛けました。

Le Saint Mene La Danse Soundtrack Fontana FON - 1008
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Michèle Mercier as Dany in Le Saint mène la danse
Le Saint Mene La Danse Theme & Cha Cha De Cullera by Michel de Villes

私が持っている「Le Saint Mene La Danse」のEP盤サントラです。映画は公開されなくともジャズ調の映画音楽としてサントラがリリースされました。
演奏はミシェル・ド・ヴィル楽団(Orchestre Michel de Villes)です。(”Michel Ville et son Orchestre”とうサイトは存在しますが別ものらしい。)
A面は映画のテーマ曲である”恐怖のテーマ(Le Saint Mene La Danse)”です。ドラムとビブラフォンのイントロからトランペット、そしてテナーサックスのソロへと移りますがメロディーはフレーズの繰り返しが多いスローな曲です。
B面はクレラのチャ・チャ - Cha Cha De Cullera
当時マンボの後に流行したチャチャチャのリズム。


サイモン・テンプラーくを演じたフェリックス・マルテンはこんな顔
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Felix Marten - La Marie Vison

フランスでは歌手としての方が有名なフェリックス・マルテンの歌、全40曲を収録した2枚組みのアルバムです。試聴してみて下さい。(最初の曲をクリックすると順に聴けます。)
La Marie Vison - Amazon.fr


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by koukinobaaba | 2009-04-26 17:22 | 映画