ガブリエレ・ダヌンツィオ Gabriele D'Annunzio

Gabriele D'Annunzio(ガブリエレ・ダヌンツィオ)というイタリアの作家をご存知ですか?

Gabriele D'Annunzioの日本語の表記は、昔に私が読んだ頃はガブリエル・ダヌンチオだと思っていたのですが、最近はガブリエーレ・ダヌンツィオというのも見かけます。

1863年~1938年に存命した作家で、ダヌンツィオと同じくイタリアの偉大なる詩人でDivine Comedy(神曲)三篇に熱愛したBeatrice(ベアトリーチェ)を書いたDante Alighieri(ダンテ・アリギエーリ/1265年 - 1321年)がいますが、ダヌンツィオの戯曲の一つでSogno d'un Mattino di Primavera(春の朝の幻影?)にベアトリーチェが登場するそうです。デビュー当時は若き天才詩人の名が高かったダヌンツィオは、まさに文武両道で相当な愛国者として自ら出征して祖国イタリアのためかどうかは知りませんがとにかく戦ったそうです。
☆ダヌンツィオの参戦について書かれた渋江陽子:ガブリエレ・ダヌンツィオと参戦運動 ― 文学と政治の交叉 ―
1919年のムッソニーニの手先になったファシストの名も高きFasci di CombattimentiのCamicie Nere(黒シャツ隊)での功績により侯爵の称号を送られ、死亡時にはファシスタ党政府(ムッソリーニ)により国葬されたほどだそうです。

ガブリエレ・ダヌンツィオの詩”Ninna nanna”と”A vucchella”について書かれた梅丘歌曲会館 詩と音楽

ダヌンツィオの作品には1889年の処女小説「Il Piacere(快楽の子)」や1896年のLe Vergine delle Rocce(巌の処女)などもありますが日本で知名度の高い作品というと1879年のデビュー作の詩集「Primo vere(早春)」、1894年の小説「Trionfo della morte(死の勝利)」、映画化された1892年の小説「L'innocente(イノセント)」くらいでしょうか。

私が昔に読んだのは、美しいエニシダの花と人妻のIppolita Sanzio(イポリッタ)の裸身だけが印象に残ったこの耽美主義的作品の「死の勝利」で、ダヌンツィオは官能の世界に溺れ遂には死にいたる若者Giorgio Aurispa(ジョルジオ・アウリスパ)を描いています。(官能は死に至る病?)
ダヌンツィオの作品はイタリアでも難解なのであまり読まれていないと聞きましたが、読まれない理由の一つに作者のファシストとの関与も影響しているからかどうかは不明です。

映画化されたダヌンツィオの作品としては、イタリア映画の巨匠”Luchino Visconti(ルキノ・ヴィスコンティ)”監督の最後の作品で長編小説「L'innocente」を原作として1975年の貴族の愛憎物語を描いたL'innocente(イノセント)が有名です。妻の不倫の産物を寒風に当てて殺害を企てる夫というおぞましいラストですがヴィスコンティは原作とは違う結末を描きました。絢爛豪華な衣裳や配色、家具調度品が素晴らしく、こちらも貴婦人の裸体が美しい映画ですが、70年代のJean-Paul Belmondo(ジャン=ポール・ベルモンド)の映画「Docteur Popaul(交換結婚)」や「Les Mariés de l'an II(コニャックの男)」に出演したLaura Antonelli(ラウラ・アントネッリ)がセクシーに演じています。

イノセント
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当時から映画を高く評価していたガブリエレ・ダヌンツィオの息子”Gabriellino D'Annunzio”は映画監督になりました。1921年にイタリアの無声映画で1912年の小説”La Nave(The Ship)”の映画化した他、1920年代中頃までに合計4本ほどの無声映画を撮っています。
☆1921年の無声映画「シップ」の粗筋はgoo映画

イタリア語ですがダヌンツィオの写真が見られるcronologia.it

Joking Gabriele D'Annunzio (1937-1938) in military uniform - YouTube



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by koukinobaaba | 2006-10-29 15:50 | 面白記事
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